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執筆者の写真武蔵野稽古会 無雙直傳英信流

フラクタル


『フラクタル(仏: fractale, 英: fractal)は、フランスの数学者ブノワ・マンデルブロが導入した幾何学の概念である。ラテン語の fractus(砕けた石)から。図形の部分と全体が自己相似(全体と部分の拡大の形状が似ている)になっているものなどをいう。
(Wikipedia)

数学の一分野にフラクタルという概念があります。
数学者ブノワ・マンデルブロにより1975年に数学の一分野として一般に紹介されました。マンデルブロがある時研究対象にした株価チャートの形状からフラクタル発見につながったようです。

フラクタルの概念は私が学生のときに出会った自然科学概論の授業で紹介されました。
一般教養の授業としては珍しく学生に『描かせる』内容でした。構内の桜木やアニメのキャラクタを題材にして動植物の成長や進化の様を図化することから自然科学の考察を誘うものでした。これは、美術学生には理論を90分間耳から流し込むよりその理論の軌道の上を学生達が得手とする“描く”という行為を初手にして歩みはじめさせ、学生の心を開いたうえで道理を啓いてゆくことが効果的であるとの先生の工夫であったのでしょう。授業は『図(“絵”や“かたち“)⇒理』でマンデルブロが着想を得たように、図から入り理論に至るような運びで学生を導いてくださるものでした。

私のように理系分野に縁の薄い者でもフラクタルの概念を直感的に感じることはあります。しかし有機的で複雑な現象を数式に結びつける発想は湧いてきません。『一貫性のある揺らぎ』とか『一事が万事』などという感覚的表現に置き換えようとしてしまいます。

さて、居合も他の分野と同様に深奥を知ろうとする心持で進めてゆくにつれて稽る材料が増えてゆきます。泉からこぼれた水がやがて大河を成すようにやがて業ひとつびとつが集合として感じられるようになります。“流”の一貫性を感じてくるでしょう。
“流”は途絶えず今日まで継承されました。
想定と理合いを理解して体現するまでのことは「手順」の範疇です。この先も稽えるという行為はつづきます。おわりはないものです。
「手順」以降はたくさんの稽える材料をまとめてゆく方もいますし、ひとつびとつの業を逐一積み上げてゆく方もいるでしょう。

当会は掟業を標榜しています。これは当会が流派の掟を堅持しようとするためです。

当会では業を進めるに概ね伝者が被伝者の「手順の理解」を確認したことを契機とします。業の習得を確認した意味ではありません。
「あらたな段位を授けることは“現段位の業の手順・眼目を体現するまでに至っているから次に進んでもよいという意味である。今よりもっと大きな器をあげるからその器を満たすべく励みなさい“」ということが私が過去に所属していた団体の昇段審査会の折に主催者から毎回のように話されておりました。

稽古の過程で扱う数値にも触れてみます。各人が理に適う業を獲得することに焦点をあてるならば絶対値ではなく相似を意識した伝え方をすることが居合には親和性が高い示し方かと考えます。そも先人先達の体格が皆等しかったはずはありません。

“流”は途絶えず今日まで継承されました。

伝書教本の類では体格に拠る差が生じにくい比較的小さなところは絶対値で示すことが多く、逆に体格差がカタに反映されるところは数値に“凡そ”という意味の表現が付加される、または、 “こぶし幾つ半”とか“指幾本分”など体格差を前提として身体尺の表現を用いる傾向がある印象を持ちます。良書であるほどその傾向があるようにおもいます。伝書教本で図を併用する場合などは文言での表現の限界を感じているためでしょう。さらに良書では数値記述に幅をもたせた箇所には業の目的所作の意味を述べ補いながら著しているように見えます。

当会の稽古では業に関する文言において無意識ではおりません。武道、殊に居合関連文書に接するとき違和感が少ないような伝え方をします。
当会に伝えられる業や技量の範疇を越え、より深くより高く求めようとする人が現れたときには自然に書物に歩み寄り智慧をもとめられるよう心掛けています。

フラクタルの根底は相似の積み重ねによる大きなカタチと部分を構成する小さなカタチの相関とそれらの無限の連続と広がりです。我々の求めるところも無限の先です。
これを言い換えるならば稽ること体現することを限りなく楽しめるということでもあります。

当会で当流を志す個々の稽古の積み重ねはやがて切り取り範囲を拡大縮小しても自然と一貫性が感じられる当流派の一端をあらわすフラクタルとなるでしょう。
“古を稽へ”る面白さを共に味わいたいものです。
歩みの速度を気にせず互いに高みを目指してゆきましょう。

■参考


歩水
2020年12月20日 初出
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