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無雙直傳英信流 武蔵野稽古会の系譜 其之一

更新日:8月16日


無雙直傳英信流は神夢想林崎流、田宮流などの古流居合流派と同じく、室町時代の武芸者 林崎甚助源重信が山形県楯岡林崎にて開眼、創始した居合術の直系を標榜しています。
当会 無雙直傳英信流 武蔵野稽古会の道統としている系譜では、七代相傳者に長谷川主税助英信師という達人があり、この道統を継いだ八代相傳者 荒井清哲師に師事し九代相傳者となった土佐藩士 林六太夫師が土佐へこの流儀を持ち帰り、以降土佐、現在の高知県で受け継がれてきた流儀とされています。

明治維新以前の当流では完全相傳制を採っており、皆傳免許の証「根元之巻」を享けた傳承者は、それぞれの弟子へ皆傳を允可する権利を持っていました。
つまり同流であっても皆傳允可がされるたびに傳承者が枝分かれし、複数の相傳者が同世代に存在する事になります。

明治以降、版籍奉還、壬申戸籍、廃刀令により武士という職業が消滅、武術指南という商売が成り立たなくなり、江戸以前から連綿と繋がれてきた武術の各流派に失傳の危機が訪れました。

この時、土佐藩出身の政治家 板垣退助公の肝煎りにより、無雙直傳英信流を高知に残すための運動が起こりました。
旧制中学の課目に居合を取り入れ、失傳の危機にあった英信流の継承を板垣公より十六代後藤正亮師に託され、その後大江正路(おおえまさじ)師を十七代宗家として、中学生の指導に当たらせました。
中学で大江師に師事したかたがたが、日本全国へ移り住むことにより英信流は土佐以外へ広がっていきました。

続きます。


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